振興会の歴史
history

東京の下町で明治中期より発展してきた『もんじゃ焼き』は『文字焼き』を由来としていますが、今日では下町の食文化を代表するアイテムの一つとして、知れ渡るようになりました。

昭和30年代には僅か4軒だったもんじゃ焼き店は平成に入る頃から急増し、平成9年4月には、月島の僅か半径500mの商店街(通称:もんじゃストリート)の中に、ひしめき合うように増加しました。これらのもんじゃ焼き店28店の店主が集まり発足されたのが、本組合の前身である月島もんじゃ振興会(任意団体)です。

平成12年12月の地下鉄大江戸線開通により、利便性が向上し、個店の売上は約2割近く増加いたしました。

平成14年9月には構成員が47人に拡大し、念願の協同組合化を実現しました。

そして、令和元年6月には、加盟店舗数54店舗(加盟社34社)にまで発展いたしました。

月島もんじゃ振興会では、加盟店で使えるお食事券の発行、ご家庭で楽しめるお土産もんじゃの販売など、月島にいらっしゃるみなさまのお声に応えしてきました。

お客様に食の感動と街歩きの喜びを感じてもらえるよう、これからも愛すべき東京下町の「月島」を盛り上げて参ります。

 

  • 月島の沿革

・1892年(明治25年)…「東京湾埋め立て1号地」として現在の月島が造成される

周辺にも島が造成されていき工場も多数建設される。月島は川に囲まれた孤島のための生活の基盤は渡し船によるものであった。船着き場がある月島西側地域に人が集まり商いの場となっていき、明治末には商店街の形を成し「月島西仲通り商店街」の発祥となる。

 

・1903年(明治36年)…佃・月島・勝鬨エリアで初となる相生橋が架橋される

月島の北東に位置する江東工業地帯と結ばれ、工業の街として発展する。

 

・1923年(大正12年)…月島通八丁目(現在の勝どき)から福神橋(江東区亀戸)を通る都電が開通する

 近隣エリアへの往来が陸路を中心としたものにシフトチェンジしていく。

 

・1940年(昭和15年)…勝鬨橋が架橋される

 月島の南西に位置する築地・銀座エリアと陸路で結ばれる。都内屈指の商業地と結ばれたことにより、月島は更なる発展を見せる。この後、渡し船が廃止されていく。

 

・1972年(昭和47年)…都電が廃止される

 鉄道がなくなり、月島を通る公共機関はバスのみとなる。

 

・1988年(昭和63年)…東京メトロ有楽町線月島駅開業

 都電が廃止され交通の便が悪くなっていたが月島駅開業により人の往来が再び盛んになる。

 

・2000年(平成11年)…都営大江戸線月島駅開業

 有楽町線のみの時期は1日平均乗車人員は2万人弱であったが、大江戸線開業後乗車人員は右肩あがりに伸び、近年の1日平均乗車人員は約15万人となっている。また、この時期より月島エリアにタワーマンションの建築が目立つようになっていく。

 

・2008年(平成20年)…月島を舞台としたNHK連続テレビ小説『瞳』が放送される